未来の
スポーツスタジアムを
どうつくるか?
株式会社ファイターズ スポーツ&エンターテイメント
小川太郎
2023年開業予定の「ES CON FIELD HOKKAIDO(エスコンフィールド北海道)」建設に携わる小川太郎さんをお招きし、収益性を確保しながら将来の街づくり全体につなげていくための「スポーツスタジアム建設」について議論します。
─本日は株式会社ファイターズ スポーツ&エンターテイメントより小川太郎さんをお招きしています。小川さん、よろしくお願いします。
小川 よろしくお願いします。球団や国内のスポーツ産業について、そしてスポーツ庁が進めるスタジアム・アリーナ改革について、広義の建設ビジネスの観点から、まずはお話をさせていただきたいと思います。
街づくり全体につなげる「スタジアム・アリーナ改革」
小川 2015年にスポーツ庁が設置され、スポーツを成長産業化することが提言されました。そのコアとなるトピックとして、スタジアム・アリーナ改革(スタアリ改革)があります。スタアリ改革では、スタジアム単体をつくればいいということではなく、スタジアムを核にして、街づくり全体を考えていきましょう、ということが標ぼうされています。
スタアリ改革のプレーヤーとしては、スポーツコンテンツホルダーである球団やクラブチーム、プロリーグはもちろん、建設業界の皆さんの関与が非常に重要だと思っています。これまでの多くのスポーツ施設開発では、自治体が中心になることが一般的で、そのやり方だけでは上手くいかないというのが現状でした。
今回の新球場・ボールパーク建設のプロジェクトでは、構想から運営管理までのプロセスを整理して、スタアリ改革でもうたわれている単機能型から多機能型(複合化)、行政主導から民間主導といったことを意識して取り組んでいます。収益性の面でも「稼げるスタジアム」を目指していて、球場単体ではなく中長期的には周辺を含めていろんな事業を誘致するという意味では「多機能型」ですし、スタジアムそのものの建設は基本的に民間資本で、民間が主導的にやっています。
これまでこういったプロジェクトで上手くいってないのは、それを事業として運営していく主体が十分にプランニングしていなかったことに尽きると思っています。それでは、設計者や施工者がいかにうまくプロジェクトをまとめたとしても良いものができません。今回のプロジェクトでは、スポーツ業界や事業主がマインドチェンジをして「何が良い施設なのか」を突き詰めて考え、開業後の運営を含めて成功させる、それが一つのモデルケースとなることを期待して取り組んでいます。
設計・施工から開業までのプロセスも高度化を
小川 構想の部分もそうですし、設計・施工から開業までのプロセスもより高度化していかなければいけないという風に思っています。
今回のプロジェクトでは、設計・施工を担当する会社について、11ヵ月くらいかけて対話式のコンペを行いました。プロジェクトオーナーである我々が目指すものをきちんと定義をして、検討いただく皆さんにきちんとインプットしてもらうことが非常に重要なプロセスだと考えたので、何度もコンペ中に対話の場を設けました。
結果として、大林組と、アメリカでスポーツ施設の実績の多いHKSとのコンソーシアムという形に決定しました。アメリカはスポーツビジネスの規模も大きく、成長産業として位置づけられているので、設計者にせよゼネコンにせよ専門的な知見を持ったプレーヤーが多くいます。その新しい視点を取り入れて計画したいという意図もあって、コンペの際に外資のチームにも参加していただきました。これまで通りのやり方にとどまらず、成長産業として加速するうえで何が重要かを今後も考えてやっていきたいなと思っています。
球団経営におけるKPIとは
小川 球団経営におけるKPIというと、観客動員の最大化が至上命題のように捉えられがちなのですが、必ずしもそれが事業としての価値の最大化にはつながらないと思っています。そしてスタジアムも、観客動員の最大化を前提に設計するか、違うKPIで設計するかで、やり方が少し変わってくると考えています。
例えば、座席数を減らしてでもいろんな体験ができる空間をつくるとか。チケットも、1試合1席に対して1人ではなくて、座席をシェアするような売り方もできると考えています。「ながら観戦」とか、「ソーシャライジング」と言われるように人と話しながら観戦できる空間だったり。座席を最大効率で設置しようということから、豊かな空間で、多様な価値観や体験、価値を提供しましょうという考え方に変わっていくのではないかと思っています。
最近新設されたアメリカのスタジアムでも、収容人数を20%〜30%程度減らすことが、明確にトレンドになっています。動員を無駄に増やして施設を大きくするより、適正化し、少しダウンサイズしてでもいろんな価値を提供できる施設にする。それによって結果的に客単価が上がり事業収益も上がる、ということが分かっています。
開業前に締結した長期のネーミングライツ契約
小川 最後に、直近で発表させていただいたES CON FIELD HOKKAIDOという球場のネーミングライツ契約について紹介します。ポイントは2つで、一つは、開業の3年前にネーミングライツ契約を締結したということ。稼げる施設にすることを考えたとき、こうした契約によって開業してからの収入がある程度確定できると、収益の安定性につながります。これをCOI(Contractual Obligated Income)と言いますが、長期にわたる安定収入としてネーミングライツを活用していることと、どうやってお互いの事業のシナジーをつくっていくかをスタジアム設計前の段階で取り決めることができたことが、非常に重要な価値だと思っています。
2つめに、極力、長期での契約をするという点です。今回は、10年以上の長期契約ということで、国内ではおそらく最大の年数ではないかと思います。国内では5年ごとなどで別の名前に切り替える事例が多いのですが、そうすると一般の目から見るとあまり名前が浸透しないので、ネーミングライツの本来の価値がものすごく弱まってしまう。アメリカでは、20年~30年というのがトップスポーツで使われる施設の契約としては一つの水準なのですが、それに近づけるような長期契約を重視したというのが今回の結果につながっています。
世界的にみて、ネーミングライツは、球場やスポーツビジネスの中で1番大きなライツのカテゴリーの一つです。1番多いのは、金融機関や銀行、保険会社関係のスポンサーシップで、不動産会社がネーミングライツを持つのは世界的にみても珍しい。今回のこの街づくりの観点から行くと周辺開発に早期関与できる、シナジーを生むうえでは重要なパートナーシップだと思っています。
ゴールは竣工のもっと先にある
─プロジェクトのゴールイメージをどう考えられていますか。また、その中での竣工の位置づけを教えて下さい。
小川 ゴールイメージとしては、もともと球場をつくってから段階的に、周辺も含めて開発していくプロジェクトという前提でいるので、ゴールは竣工のもっと先にあると思います。その中で、竣工のクオリティを上げていくことは非常に重要なマイルストーンと捉えていて、それによって、周辺事業の誘致にもプラスに働くと考えています。
郊外の自由度がプラスになる
─スペイン・バルセロナのカンプノウやレアルマドリードのベルベナウなど、世界的に見れば街中にあるスタジアムが多い中で、今回のボールパークは郊外にあります。その意義をどう考えていらっしゃいますか? また、どのような人を呼ぶことをターゲットにしていて、人を呼べる確信はどのあたりから感じられているのでしょうか。
小川 「確信」というと、思い込みでしかないとは思いますが(笑)、そうできると信じてやっています。街中であれば、用途やスペースに制約がありますが、そういった制約や自由度と、街中か郊外かは、ある程度トレードオフの関係にあると考えています。我々はどちらかというとグリーンフィールドに近く、敷地も広くて、中長期的にいろんなことが制約を受けずにできることが、今の北海道にとってはプラスなのかなという風に思っています。
都市の単位で見たときに、大都市に集中するということが、今の都市の在り方のトレンドだと思います。北海道も札幌一極集中と言われる中で、「札幌以外の地方をどうするのか」が地方創生の出発点だと思うので、アクセス面などいろいろ大変なところはあるのですが、チャレンジと捉えてやっているという感じですね。
スポーツを通じてコミュニティを豊かに
─企業理念の中の「コミュニティ」や「共同創造空間」といった言葉の意義は?
小川 2004年に日本ハムファイターズが北海道に拠点を移した時に、スポーツコミュニティの実現というのを掲げました。スポーツとコミュニティが近くにあり、スポーツを通じてコミュニティが豊かになるということが、組織としての大前提にあります。共同創造空間というコンセプトの意義は、いかに多くの主体に「このボールパークというプロジェクトに関わったんだ」と言ってもらえるか、それを推進する体制にすべきだ、ということだと思っています。
また、地域貢献活動の枠組みの中で、我々もSC(Sports Community)活動と呼んで、野球教室を開いたり、各市町村に出向いてイベントをやったり、そういったことは常々やっています。16年かけて、北海道の各市町村とのタイアップ企画をやってきました。北海道は広くて179市町村あるのですが、おそらく球場が出来上がる前くらいには一巡できるのではないかと。そういったところは球団経営として取り組むべき、重要な活動領域として捉えています。
野球だけではないボールパーク
─最近では公園が球技禁止になり、公共性を担保しなきゃいけないところが逆に「公共じゃなくなっていく」という感じがあります。そんな中でスタジアムのような大きい事業体が、公共性を保つものとしてあるのかなと思うのですが。
小川 いい意味であまり気にせずに遊べる場や機会を提供したいっていうのは、スポーツを生業としている組織は当然思っているところかなという風に思います。このボールパークも、例えば地域の大会の決勝戦をこういうシンボリックなところで毎年やるとか、夢につながるような機会をつくれたらいいなぁという話をしています。
─野球だけではなく、他の文化産業と連携する可能性について具体的なアイデアはありますか?
小川 基本的に我々の興行はプロ野球ですけど、それ以外は野球イベントだけという発想は全くないです。遊具施設を集積させ、イベント広場でイベントをどんどん打っていけるような設えにしています。個人的には球場面にブリュワリーをつくろうとしていて、年間のビールフェスみたいなのを大きな空間でやるとか。先ほどの郊外スタジアムの自由度でいうと、もともと雑木林で沢の地形があり、そうした自然を活かそうという中で、他のアクティビティができる空間を球場と併設してつくれるのはひとつの可能性かなと思っています。
リアルな野球観戦の価値を高める
─野球観戦自体の面白さを高める施策についてはどう考えていますか?
小川 コンセプトとしては、多様な観戦環境と呼んでいて、コアファンもにわかファンも、みんな楽しめるというのが目指すところです。これまでの球場にない最高峰の観戦環境、リアルな観戦の場として野球好きが最も楽しめる場所という意味では、座席の近さで臨場感を持たせるとか、1塁側と3塁側に世界最大級の大型ビジョンを設置する想定にもなっています。球場の空間でしか味わえない臨場感みたいなものって結構シンプルで、リアルな試合の場で大画面があって、それが音響と連携して大きな演出ができるみたいな、いくらテレビで頑張ってもできない価値を高めたいと思っています。
─座席の回転数を工夫するとか、タイムシェアリングに関連する内容で、具体的なビジネスモデルはあるんでしょうか。
小川 来場者の大半がそうなるわけではなくても、そういったオプションがあってもいいかなと思っています。売り方の観点で言うとタイムシェアリングとまではいきませんが、アメリカでは月額3千円で座席はついてないけど試合日は建物の中に入れるといった事例があります。それに近いことは、この球場でもやってもいいのかなと思っていますし、座席に座ってなくても楽しめる観戦の体験もあると考えています。
北海道ならではのスポーツスタジアムとして
─インバウンドに向けたサービスの拡充だったりとか、観戦の仕方だったりとかは考えていますか?
小川 ご指摘があったように、インバウンドとかこれまで来なかった層を呼びたいというのは思っています。野球はグローバルコンテンツにはなりにくいですし、アメリカで大きいのと、アジアでいうと台湾とか韓国とか一部の国ではあるので、野球で呼ぶのではなく、ボールパークで呼ぶために、エンタメ的なコンテンツにプラス北海道の良さが体感できるという考え方なのかなと思っています。
─このスタアリのビジネスを輸入するにあたって、スポーツ文化やエンタメ文化が海外と異なる日本や北海道という土地に合わせてどう変えるか、といった議論はあるのでしょうか。我々も設計をするにあたってワークプレイスとかショッピングセンターの様に輸入したビルディングタイプを応用して計画することが多いですが、やはり日本人にとってどうなのかという議論が抜けていると思っています。
小川 今回のボールパークの外観デザインの原点には、北海道の昔ながらの建築風景みたいなのがあって、それがうまく融合してできたと思っています。今回は大林組とHKSが組んで設計していますが、細かいサービス面を考慮したハードの設計となると、HKSの言うことが北海道では合わないことも沢山あり、それを大林さんも入れて「どうあるべきか」を議論したりするプロセスがとても重要だと考えています。スポーツビジネス的にアメリカはマーケット規模を含めて20年くらい進んでいるので、スタディはしますが、それが正解だとは思わないこともたくさんあります。結局はプロジェクトごとに立地や特性とかも違ってくると思うので、フラットに議論し尽くさないと解は出てこないと思っています。